Atmos back office! vol.3 atmos24.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

Atmos Diningの舞台裏(日常?)を不定期で更新中


by atmos-dining
プロフィールを見る
画像一覧
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

俺のサシ飲みシリーズ⑦


熊本のお店も無事に再開し、ゴールデンウィークも無事に乗り切った5月。
皆さん、本当にお疲れ様でした!

そんな5月、一発目のサシ飲みはこちら!
d0186165_15393249.jpg

アトモス料理界のレジェンド、吉水料理長!!
いや〜、サシ飲みするのは5、6年ぶりか??めっちゃ楽しみ!

今日のお店は、よっさんリクエストの『タンテール富士』さん。
店名のタンとテールをはじめ、なかなか食べれなくなった肉刺しもあり、肉好きには堪らないメニューやね。

もう古株の俺とよっさんの出会いは、俺が31歳、初めての新店オープンを任され、社員採用の募集をかけた時でした。

若い素人でもいいから社員希望が来たらいいなぁ…と思ってるところによっさんが登場。

物腰の柔らかい人柄も飲食人としての経歴も文句なし!
ただ思った以上に大物過ぎる、年齢も28歳。。。

当時のアトモスは、社員希望は全員アルバイトからスタート。お店のみんなに認められて、初めての社員として採用される時代。

果たしてこの大物がそんな下っ端からやってくれるのか??

聞けば、福岡の名だたる会社を受けまくってる…

しかも当時は韓国業態しかないアトモスで、よっさんは辛い料理が食べれないと。。。

面接が終わってこの条件じゃ断られるかなぁ…と半ば諦めていました。

営業も始まり、お客様がご来店され始めたその時、なんと面接したばっかりのよっさんがお客様としてご来店。

どんなお店か面接だけじゃ分からない、営業中の俺たちを見に。後にも先にもそんな男は、よっさんしか記憶にない。

俺もかなり張り切ったけど、よっさんも食べれもしない辛い料理をお店のおすすめ一通り、食べてくれました(笑)

採用が決まり、陽の山グリルで働き出したよっさんは、その仕事っぷりで一癖も二癖もあるメンバーをねじ伏せてしまいました。

そしてしばらく経ったある日、よっさんが俺に言ってくれました。

『面接して頂いて、食事に伺った次の日、吉原さん電話くれましたよね!その時電話出れなかったけど、留守電にメッセージが残ってて。俺はあの 時の【俺たちと一緒にやろう 】って言葉を信じてアトモスに決めました』と。

あれから12年…

2015年、生死を彷徨うような大事故にあいながら、それでもなお復帰してからは現場に立ち続け、新店のサポートには必ずこの人の姿があり、圧倒的な投票数で年間MVPに輝きました。

これまで店長、マネージメント畑のメンバーがMVPに選出される中、初の料理長からの選出でした。

本当におめでとう、よっさん‼️

今の海鮮業態があるのも、洋食業態があるのもよっさんのお陰です。

アトモスの海鮮1号店のちゃってんを立ち上げる時、よっさんはボスの指令により他社へ修行に半年間行ってくれました。

そこで市場での仕入れ、和食、洋食を学んでちゃってんをオープンしてくれました。

その時のメンバーは、齊藤大作、吉水崇、藤本浩二。今のアトモスを支えるトップ選手がちゃってんを育ててくれました。

まだ仕入れルートも弱く、メインの仕入れを直接市場で毎日やっていたよっさんは、ほぼ家には帰ってない状況が2年続きました。

本人曰く、『30代は激動の10年でした…あの時のこと思うと、なんでもやれる気がしますよ』と。

新居も構え、少しは家族との時間も取れるようになったそうで本当に良かった!

富士で三岳ボトルを飲み干し、博多のだんじへ。

そう、楽し過ぎてここからあまり記憶がございません(笑)最後のレガレガなんて全く…

昔話しばっかり書いちゃったけど、ちゃんと未来の話もしましたよ。

みんなでやる楽しさ、スケールの大きな志事にチャレンジ出来ること、後輩が飲食楽しいって感じてもらえる環境作りなど。

よっさんの話には、ボス、武さんへの感謝や仲間への愛情がたっぷり詰まってました。
本当に黙って背中をみせつける、そんな漢。

よっさん、また一緒に志事したいな。
いつか俺とアジアへ。
心もお腹も満たす食の可能性を信じてチャレンジしようや!!







[PR]
by atmos-dining | 2016-05-16 18:14 | 本部日記